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平安時代後期、大江匡房の談話を藤原実兼が筆録した『江談抄』に 「剣 壺切 壺切者為張良剣事。叉被命云壺切は昔名将剣也。張良剣云々。雄剣という僻事(ひがこと)也云々」。
とあります。壺切剣は皇太子の守り刀で、藤原氏から朝廷に献上された剣と言い、藤原頼長が藤原氏と血縁のない皇太子に「藤氏腹」ではないからと渡さなかった話が続いています。
張良(?〜186BC)は中国・漢の高祖の側近で、始皇帝暗殺未遂や黄石公から軍学を学んだ話があり、漢の成立後も粛正されず天寿を全うした名将です。あまりにも時代が離れすぎ、献上したのが藤原冬嗣の子、長良だったのを誤伝したのでは、とも言われています。
壺切剣は現在でも皇太子の守り刀として立太子式で引き継がれますが、平安時代以後数回火災で失われ、現在の剣は再生品との事です。
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