2007年6月11日 第1回出題「長船宗光・勝光」


解説:竹屋主人

 応仁の乱以降、豊臣秀吉が天下を統一するまでの期間を戦国時代といいますね。
 
 この戦国時代の初期は領地の争奪、跡目相続の内紛、家来が領主を追い出したり殺したりして領地を乗っ取る、いわゆる下克上の時代であります。
 備前国も備前国の周辺でも、守護大名の赤松氏、浦上氏、松田氏、三村氏、宇喜多氏などが群雄割拠しておりました。
 
 戦国時代の初めは、全国制覇などというものではなく、地方の権益を奪い合うといった程度であったと思われます。

 備前国に限らず、乱世の世にあって一般大衆がいかに生活を守り、文化を築き上げたかを刀剣を通して感じ取れます。

 前時代までの長船鍛冶は個々の作であったが、需要過多になり刀剣製作は大工房化してきます。
 西洋で言う、工場制手工業(マニュファクチュア)ですね。
 火造り、焼き入れ、銘切りなどが分業化してまいります。
 その中にあって、注文打ちや数打ちなどという作品が生まれてくるのです。
 
 今回は、末備前の「勝光・宗光」の合作刀でありますが、この時代的背景もご承知頂ければ、刀剣鑑定にも深さを増すことと思います。
 入札は、ほとんどの方が一の札で「当たり」を取っておられました。
 まことに結構な札でございました。

 若干名の方が「与三左衛門尉祐定」に入札された方が居られました。
 「同然」と返答をしておきましたが、全く頭の下がる入札です。

 ちなみに「備前国住長船次郎左衛門尉藤原勝光 同与三左衛門尉祐定 為宇喜多和泉守三宅朝臣能家作之 永正十八年二月吉日」という合作名の薙刀が存在します。
 余談ではありますが。

 また、「応永の盛光」に入札された方が居られましたが、同じ腰の開いた五ノ目丁子でも五ノ目丁子の一山が3つに割れるのが応永備前、五ノ目丁子の一山が2つに割れ蟹の爪のように見えるのが末備前という鑑定の仕方があります。
   
 これは、私、竹屋主人流の見方ですので、ご参考までに。
   
 今回は大勢の方々の入札有難うございました。