2009年1月1日 第10回出題「長船景光


 1月の答えは、備前長船景光でした。

 長船鍛冶は祖の光忠によって創始され、門流に息子の長光を始めとして、数々の名工を輩出し、今回の景光の代に長船鍛冶の基盤が確立されました。
 観智院本銘尽によれば、「長光の子也左衛門尉といふ。」と記述されています。
 作刀期は鎌倉時代最末期で、嘉元4年(1306年)から建武元年(1334年)にかけての年紀のある作品が現存します。
 太刀や短刀を得意とし、また薙刀や剣の作も見られます。
 
 太刀の体配は、身幅、切先とも尋常なものとなり、短刀も身幅、長さともに尋常な作りのものが多く、山城の来国俊・相模の新藤五国光、越中則重、筑前左文字とともに、短刀の名手として知られ、これら刀工の作品は愛刀家の垂涎となっています。
 鍛えは出題の文章にもあるように、総じて小板目肌がよく詰み、尚且つ、よく練れて地沸が細かについて乱れ映り等が立ちます。
 
 刃文は光忠、長光ほど華麗な大模様のものは少なく、小丁子、小五の目、片落ち(肩落ち)五の目などを主とし、直刃調の作もあります。
 片落ち(肩落ち)五の目は、別名を鋸刃といい、焼の谷と頭の形状が一定のパターンでそろって繰り返す五の目乱の刃文の一種であって、五の目の頭部分が途中で平らになり、五の目の一つ一つが台形状となったもので、かつ焼の谷が切先方向にわずかに傾いており、この様子が鋸の刃形に似ていることから鋸刃と呼ばれています。この片落ち(肩落ち)五の目は、景光の創始として知られ、以後、その一門の特徴的な刃文として流行を見せます。
 
 刀身彫では、長光の彫物は簡素で梵字程度のものですが、景光の代になると緻密な彫物が見られるようになってきます。例えば立不動や倶利伽羅などがあり、また注文主の信仰に基づいた神仏号などの(○○大菩薩などの文字や梵字)彫物を施す風習の先駆けとなったのも景光であり、今回出題の短刀が、それを伺わせる好資料であることは言うまでもありません。

 なお、この風習は時代、流派を問わず幕末の新々刀期、そして現代刀の彫物にもあり、連綿として継承されています。

 景光の多々ある作品中、3口が国宝に指定されており、東京国立博物館の所蔵で楠正成所用と伝えられている、「太刀銘:(表)備前国長船住景光(裏) 元亨二年五月日」は、「楠公景光」又は「小竜景光」とも言われ、明治時代に首切り浅右衛門で知られる、山田浅右衛門から井伊家を経て、明治天皇に献上されたことで有名であり、愛刀家には馴染みの深い作品であります。

 また埼玉県立博物館には国宝2振りが所蔵され、その一振りは、「太刀銘:(表)広峰山御剣願主武蔵国秩父郡住大河原左衛門尉丹治時基於播磨国宍粟郡三方西造進之(裏)備前国長船住左兵衛尉景光 作者進士三郎景政 嘉暦二二年己巳七月日」。
 そして、もう一振りは、上杉謙信の佩刀として有名な、「短刀銘:(表)備州長船住景光(裏)元亨三年三月日」であります(以下「謙信景光」と記載する)。

 今回出題の短刀は、前記短刀の一年後の作で、元享ニニ年六月日の年紀があり、見事な地鉄に片落ち五の目の刃文を焼いて、景光の実力が遺憾なく発揮された逸品であると思います。

 この短刀には棒映りが立っていることが、問題文に記述されています。
 棒映りといえば応永備前の代名詞のように聞こえますが、実は景光及び、その一門の作品から徐々に見られるようになります。
 この棒映りは乱刃だけでなく、山城風の直刃の作品にも見られます(元享ニニ年三月日の年紀がある短刀など)。

 今回の入札では、片落ち五の目の刃文からでしょうか、兼光や基光などの入札がいくつかありましたが、同然札である景光一門の景政、義光や別系の守重、元重などの札はありませんでした。
 義光の作品には景光を見るかのような作品があり、私も過去に2〜3振り経眼しております。
 いずれにしても、これらの入札は紙上鑑定の特性上「当」としても良いと思いますが、難しいところでもあります。

 しかしながら、鑑定入札で答えを出す前にもう一度、有名工の作品が掲載されている刀剣書や押し型集などを繰返して見ておくことも大切です。
 前述の謙信景光の短刀と、今回出題の短刀を刀剣書などで比べ、問題文や押し型に検討を加えることで、景光の作品ではないだろうかと選択肢を広げられると思います。

 体配は、謙信景光の短刀の方が一回り大きく、刃長九寸三分五厘、元幅が八分六厘で、刀身彫りについて比較してみると、謙信景光の短刀は、表に秩父大菩薩、裏に梵字でキリーク(阿弥陀如来)。
 出題刀は、表に八幡大菩薩、裏に梵字でカーン(不動明王)が彫られています。
 同一の意匠ではありませんが、刀全体の持つ雰囲気が良く似ています。

 その他にも出題刀に酷似した作品があり、重要文化財で指表の刀身に白山権現の彫物のある(以下「白山景光」と記載する)、景光二字銘の短刀があります(景光の二字銘は極めて珍しい)。

 この短刀は、出題刀の刃文や帽子が酷似しており、棒映りではなく、乱れ映りになっているところが相違するものの、ウリ二つに見えます。
 刀の持つ品格や健全性から言えば謙信景光の方が勝りますが、白山景光の方が片落ち五の目の完成度が高いと評されています。

 今回は少々長くなりましたが、紙面の関係上この辺で失礼させて頂きます。

                                竹 屋 主 人