2013年2月1日 第11回出題「因州景長」


 今回の答えは、「因州景長」の短刀でした。
 一見、時代や位を上げて観える作柄で、ヒントがなければ日本中を堂々巡りしそうな問題でした。
 私も、過去に太刀を一口と時代の下がる短刀を、一口経眼したのみであります。

 景長は通称を「藤左衛門」といい、粟田口吉光門人ではじめ吉正と名乗り、因州移住後に景長と改めたと言われています。
 また、「竹屋家伝」によれば「吉正の子」、「長谷川家伝」には「吉正の弟子」としており、この辺については諸説があり、一概に決めつけるには少々無理があるかもしれません。

 現存する作風は、粟田口流で細身に直刃を焼くことや、帽子の履き裏の刃紋が尖り心になることから、粟田口吉光に化けた作品もあると聞きます。

 福永酔剣先生著の「日本刀大百科事典」によれば、景長には「景長の四つの見付き」という記述があります。
 その一つ目は帽子が、「京の来派」に酷似していること。
 二つ目に肌目が、「粟田口風」であること。
 三つ目は沸が、「肥後の延寿派」に似ていること。
 四つ目は刀姿が、「応永備前の盛光や康光」に見紛うこととしています。

 仮にヒントの「粟田口吉光と有縁」と「○○小鍛冶」がなければ、さてどこへ持っていこうかと考えます。
 設問に「鍛えは板目に大肌が混じる。」とありますから、山城本国はちょっと考え難い。

 まず一ノ札は、「越中宇多派」とか「駿州島田派」あるいは、「肥後の延寿派」などで探りを入れて見ます。
 いずれも当然、「否」の返答が帰ってきます。
 次に作風などを再考して違う街道や国を当たります。
 勘の良い人ならば二ノ札で、「同然」や「国入り能」、「通り」を得られるはずです。
 最悪でも三ノ札で「同然」、「能」までは持って行けるのではないでしょうか。

 ちなみに「刀和」に投稿の際には、「因州小鍛冶景長」という単語をたまたま知っていましたので労無く「当」でした。

 刀剣鑑定は、当てっこではありません。
 より、その刀工や作品の良さを学ぶためのものですし、色々と試行錯誤を繰り返すのも刀剣鑑定の醍醐味ではないでしょうか。

 それではこの辺りで失礼させて頂きます。

                            竹  屋  主  人

私の見方

御刀天国さん
因州景長と入札します。これは、ヒントが無いと、名前すら思い浮かびません。鎌倉時代の短刀に見えますが、反りがつくので時代が下がりそうです。備前、大和、相州ははずし、美濃物でもなさそうですし、地方刀工かとウロウロしそうです。

まるひさん
因州住景長(初代〜二代)、法量から鎌倉〜南北の短刀。ヒントから粟田口吉正の弟子で因幡小鍛冶と呼ばれた因州景長としました。ヒントがなければ誰に入れてよいやら。三の札でも同然にならないと思います。