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平成24年5月の問題 真改 - 2012/05/01(Tue) 19:55  No.1113


単独表示 5月に入りまして、すっかり暖かくなったなあと思ったら、なんと今日は、北海道でも30度オーバーのところがあったとか!(@_@。

徳島の方が気温が低いって???(゜_゜)。
刀剣熱だけは負けないように(*^^)v

では、さっそく参りましょう!!

※ 1回目入札期限1日〜7日
  2回目入札期限8日〜14日
  3回目入札期限15日〜21日

出題画像につきましては、左の画像をクリックして下さい。画像が展開されます。
また、画像が小さい場合は、もう一度画像を押しますと、最大画面となります。

☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆

日本刀柴田・柴田和男様のご好意により、隔月誌『刀和』に過去掲載された誌上鑑定を、電脳倶楽部上に再現させて頂いております。
まことにありがとうございます。
『日本刀柴田』柴田和男様に、厚く御礼申し上げます。

入札内容は、最後まで公開しませんので、思いっきり!自分の考えを論じてください。(*^_^*)。

入札投稿の際には、暗証キーの設定もお忘れなく。(^^♪。
これがないと、投稿の修正ができなくなりますので。

さて、スタートの前に、簡単なお願いです。
月刊誌『刀和』の過去問題からの出題ですので、刀和を持っていらっしゃる方は、是非、まっさらな気持ちで、再挑戦してみてください。

初めての方は、誌上鑑定で、知らず知らずのうちに、著名な刀工の名前や特徴を憶えることができますので、刀和以外の刀剣関係書籍を総動員して、正解を目指してください。

誌上鑑定は、刀身の出来以外にも、茎の形状や銘の特徴や銘の文字数、受領銘や彫に至るまで、ヒントを出してくれています。

そこで、役に立つのが、藤代の『日本刀工辞典』です。
茎の押形がたっぷり掲載されています。
これで、目当ての刀工と照合するのも良いと思います。

そして、このコーナーで、問題と柴田和男氏の回答を見比べ、誌上鑑定の力を付けて、実際に刀を見るときの助けとして頂ければ幸いです。

また、こんな楽しい誌上鑑定を、隔月誌『刀和』には、掲載されております。
誌上鑑定と、刀剣を購入される指針として、『刀和』をお勧め致します。
詳細は、リンクから『日本刀柴田』へお入り下さい。

では、スタートです。(^o^)/。

回答は、5月28日頃と致します。


Re: 平成24年5月の回答 真改 - 2012/05/28(Mon) 18:47  No.1124
くま 単独表示  今回の答えは「左安吉」でした。
 
 大左の子として伝えられ、生国を筑前、長じて長門に移住したことから、「長州左」と古来より呼び習われています。
 また、安芸国の、「小春」という地でも鍛刀しています。

 作刀初期は、年紀に南朝年号を切りましたが、後に北朝年号に改めています。これは南北朝時代の両朝の勢力範囲の推移と、在地勢力の動向に起因するものであると考えます。
 短刀、脇差の作者として知られ、大左に一歩譲るものの、中々の腕達者であり、現在でも愛刀家の間では人気が高いですが、市場にはあまり売品として出てこないのが現状でしょうか。
 作柄は一尺を少し越える位の小脇差が多く、大左によくある六〜七寸程度の小型の作品から、一尺二寸を越える大振りな作品もままあります。
 刃文は、大左よりも小模様な五ノ目基調に湾れを交えたものが主流で、地鉄は全般に肌が立ち刃寄りは柾がかるのを特徴としています。

 また、地鉄の鍛えが弱いのか、沸が少なく、匂い本位で冴えの足りないような地鉄で、備前風の棒映りが立って、前述の匂い本位の地鉄と、角五ノ目のあるものは、一見備前物に見紛う作品があります。
 安吉の帽子は、美濃・関系の帽子に見られる、「倒れた帽子」が特徴とされ、帽子の先は蝋燭の芯のように尖って煙込みますが、大左の火焔帽子に見るような激しさは感じられません。

 現存する作品中、柳沢家旧蔵の安吉は、同工の最高傑作といわれ、作刀当時の姿をそのまま残していると言われています。その他に、旧大名家所蔵品のうち有名なものに、「日置安吉」「一柳安吉」「松浦安吉」などがあります。

 
 私の見方

吉国氏
 作風から左文字は外せないと思いますが、二字銘ですか・・・吉貞、定行、国弘、行弘、弘安、安吉の内で二字銘を切るのは国弘、弘安、安吉と記憶していますが、帽子から安吉としておきます。

まるひ氏
 形状から南北朝期の寸の延びた短刀。映りや鍛え、ヒントから、備前景光、大左の弟子。銘が二文字、倒れる帽子などから、左安吉としました。

 講評:まるひ氏の景光との対比した考え方は非常にすばらしいと思料します。7〜8年ほど前の刀剣美術に安吉と景光を対比した文章が冒頭の名刀鑑賞に記述がありましたことを付け加えておきます。

 それでは今回はこれにて失礼します。

                        竹  屋  主  人


平成24年4月の問題 真改 - 2012/03/31(Sat) 17:06  No.1096


単独表示 すっかり暖かくなり、私宅でも暖房器具を片付けまして、生活の様相も春になった感じが致します。
桜の花も咲き始め、木蓮の花が満開となり、日差しも強くなった庭先には、これから次々と花が咲き続け、生命の息吹を感じることでしょう。(*^_^*)。

では、さっそく参りましょう!!

※ 1回目入札期限1日〜7日
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日本刀柴田・柴田和男様のご好意により、隔月誌『刀和』に過去掲載された誌上鑑定を、電脳倶楽部上に再現させて頂いております。
まことにありがとうございます。
『日本刀柴田』柴田和男様に、厚く御礼申し上げます。

入札内容は、最後まで公開しませんので、思いっきり!自分の考えを論じてください。(*^_^*)。

入札投稿の際には、暗証キーの設定もお忘れなく。(^^♪。
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さて、スタートの前に、簡単なお願いです。
月刊誌『刀和』の過去問題からの出題ですので、刀和を持っていらっしゃる方は、是非、まっさらな気持ちで、再挑戦してみてください。

初めての方は、誌上鑑定で、知らず知らずのうちに、著名な刀工の名前や特徴を憶えることができますので、刀和以外の刀剣関係書籍を総動員して、正解を目指してください。

誌上鑑定は、刀身の出来以外にも、茎の形状や銘の特徴や銘の文字数、受領銘や彫に至るまで、ヒントを出してくれています。

そこで、役に立つのが、藤代の『日本刀工辞典』です。
茎の押形がたっぷり掲載されています。
これで、目当ての刀工と照合するのも良いと思います。

そして、このコーナーで、問題と柴田和男氏の回答を見比べ、誌上鑑定の力を付けて、実際に刀を見るときの助けとして頂ければ幸いです。

また、こんな楽しい誌上鑑定を、隔月誌『刀和』には、掲載されております。
誌上鑑定と、刀剣を購入される指針として、『刀和』をお勧め致します。
詳細は、リンクから『日本刀柴田』へお入り下さい。

では、スタートです。(^o^)/。

回答は、4月28日頃と致します。


Re: 平成24年4月の回答 真改 - 2012/05/01(Tue) 19:50  No.1112
くま 単独表示  今回の答えは、幕末水戸の刀工、「勝村徳勝」でした。大半の方が一の札で、「徳勝」へ、少数派で、仙台「国包」への札がありました。

 勝村徳勝は、名を勝村彦六といい、文化六年(1809年)に水戸藩士の子として生まれ、その出生地は江戸とも水戸とも言われています。鍛刀の技術をはじめ関口徳宗に師事し、初銘を、「徳一」と切り、後に水戸藩工に推挙されて、安政四年(1857)に江戸小石川(現在の後楽園)にある水戸藩邸に移ります。江戸出府後は、石堂運寿是一や細川正義の指導を受け、鍛刀の技を磨きました。

 特に、石堂運寿是一の影響を強く受けたと思われ、ある時期以降、ほとんどの作品を柾目肌で鍛えるようになります。作風は鎬筋高く、鎬幅広い造込みに、柾目鍛えに地沸厚くつき、直刃を基調に沸がよくつき、刃縁ほつれ、砂流しが掛かり、帽子は盛んに掃きかけるものが多く、まさに、大和伝の特徴を網羅した作刀を行っています。徳勝の作品は、当時から非常に人気があり、現存品も多いようです。また、作刀控帳も残されています。
明治五年二月に、行年六十四歳で没しています。

 水戸藩では、実戦刀を重んじたため、藩への刀剣類の納入基準が高く、信州松代藩の荒試しと共に、水戸の荒試しという強度試験は、有名な話しであります。強度試験には、「棒試し」「角試し」「水試し」などがあり、特に、「水試し」は、「水圧(みずへし)」と呼ばれ、人が胸まで水に浸かり、刀の平地面を水面に叩きつけたり、石垣に刀をクサビの様に指し込んで、その上に乗ったりするなど、想像を絶する耐久試験が行われたようです。
 その結果として、より強靭性を求めた鍛法はなんぞや、ということで柾目鍛えが採用されたと思われます。果たしてそこまでの性能試験が必要かというと、私は、「否」であります。

 徳勝は、水戸家九代藩主、徳川斉昭(水戸烈公、官位:従三位・左近衛権中将兼左衛門督、参議、権中納言)の鍛刀のお相手を務めたことでもよく知られ、当時の水戸藩の気質、とりわけ尊王攘夷の機運の強い藩士の指料として愛用され、かの有名な桜田門外の変で、井伊直弼を襲撃した時に使用された刀として有名であります。
 それでは今回はこの辺で失礼します。

                                 竹  屋  主  人

 私の見かた

 法城寺氏
 大和伝系の作柄、柾目となると保昌・国包・市毛系が該当。古刀・新刀・新々刀に分かれる中、これほどの健全な体配となると新々刀とみるべき。切りの鑢目、茎尻の形状、該当するのは市毛系に学んだ刀工の中で一派を成した徳勝となります。

 よっちゃん氏
 鑑定刀は柾目肌で姿から新刀、新々刀と観て、国包、南紀、左行秀清人、徳勝が浮かびますが鑢目、銘の位置から判断し 銘 勝村徳勝とします。


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