中世城郭紀行
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【岩尻山砦】(静岡県沼津市内浦重須)   鬼丸 : 2013/03/30(Sat) 21:59 No.122
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静岡県沼津市内浦長浜にある「国指定史跡の長浜城」は城郭マニアの間では後北条氏の伊豆における水軍拠点として有名で、「日本城郭体系9」などの「お城本」にも紹介されていますが、実はこの長浜城の背後の山中に、平成8年から12年にかけて相次いで小規模な城郭が発見された。
現地の地名から「岩尻山砦」、「網代山砦」と呼ばれ、先日紹介した「三津城」のある発端丈山の西側の支尾根上に存在します。

長浜城とは密接な位置関係にあることから出曲輪的な存在かと思われますが、長浜城とは明らかに築城様式が異なる点について、同行して頂いた研究会の先輩から教えを頂いた。
それは土塁がなく削平地と堀切が主体になり、、砦の構造が「三津城・三津新城」に酷似しているとのことでした。
また城内道を九十九折にして、近接の削平地より横矢が掛かる構造になっていることも注目されます。

また、この砦の存在する尾根は前述した「三津新城」への連絡が可能と思われ、如いては田方平野に存在する後北条帝国の西の牙城である「韮山城」を防衛するため、駿河湾方向からの外敵を阻止するための「伊豆版、万里の長城」的なものではないかと思いを馳せます。

【地図】
http://www.its-mo.com/map/top_z/126043768_500018717_16//

【写真左】
腰曲輪から主郭部を望む。主郭部は東西7〜8m、南北10mとあまり広くはないが下段の腰曲輪との防御連携は横矢などが効いて、なかなかの妙味を感じます。

【写真中】
岩盤を堀削した堀切、東側へ竪堀となり天然の地形と併せてその要害さはかなりのものであります。以前に「韮山城の天ケ岳城砦群」を訪れた時に見た岩盤を綺麗に堀削した障子堀を思い出した。

【写真右】
前記の竪堀を下方へ撮影したもの。竪堀とは、山腹において敵の横移動を阻止するための堀のこと。鎧兜に身を固めて、太刀や刀を腰に帯して、更には槍を持って戦闘行動をしつつ、この竪堀を登るのは日露戦争の203高地攻略よりも難しいかもしれない。

単独表示 岩尻山本曲輪.jpg 単独表示 岩尻山竪堀1.jpg 単独表示 岩尻山竪堀2.jpg
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